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大村はまのことば  ―感動のない教室というものは―
 みなさんは、これから何十年と先生をなさりながら、次の時代を生き抜く人をつくらなければなりません。常に自分の子どもたちに「ほんとうに学ぶこと」を教え、教師である自分を越えて行けるような人に育てるべきです。そのためには、「読んできましたか」なんていうのは、もってのほかです。つまり感動のない教室というものは、何も建設しないということを肝に銘じてほしいと思うんです。

                          『教えるということ』より







 
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by ohmurakokugo | 2011-07-05 20:56
大村はまのことば  ―何ができたことになるのか―
AならAという問題ができたなら、それは、何ができたことになるのか、国語のどういう学力があるということになるのかがわからなければならない。・・・そういうはっきりした目標なしのテストは、その結果がよくてもわるくても、子どものためにも先生のためにもならないと思うのです。

                  『大村はまの国語教室 2』より
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by ohmurakokugo | 2011-07-04 23:59
大村はまのことば ―そのつどに、初々しく―
 前にあったこと、それを、経験として心に積むことはもちろん大切で、それによって、世を生きる、人と交わる知恵も磨かれるのであるが、少年を育てようとする者は、その知恵はその知恵として心底深く蔵しながら、それを全部忘れて、日ごとに、そのつどに、初々しく、少年にでも、出来事にでも接する、少なくともそう見える、そう見てもらえる技術を持たなければならないと思った。・・・早合点による誤解は、少年を相手にする場合、いくら気をつけても足りないところであると思う。

                     『大村はま 教室に学ぶ』より



大村はま記念国語教育の会 事務局
hokokugo@gmail.com

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by ohmurakokugo | 2011-07-02 09:13
大村はまのことば  ―本領に生きているとき―
 やはり勉強というものが子どもの仕事でしょう。そのほんとうの仕事のなかで一対一に接しえないと、困るのではないか思います。…勉強しているその最中に、つまり、お互いの、本領に生きている、そのいちばん大事な場面において対話していかないといけない。…授業のなかで、本気で楽しい話やそういう接し方ができないのだったら、別個に設けた生活指導時間や学活の時間などにどういうことをしても、それはすべて第二義的なものだと思います。生徒を救うに足りないと思います。

                      『大村はまの国語教室 3』



大村はま記念国語教育の会 事務局
 hokokugo@gmail.com

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by ohmurakokugo | 2011-07-01 10:52
大村はまのことば  ―高いもの―
 「アナウンサーの話すのをね、ニュースでもいいですよ、聞いてごらんなさい。はじめはね、たいしたことないな、自分とそう違わないなって、思うものですよ。それが、だんだん聞いていると、自分とは、とっても違う、たいへんうまい、と目がさめたように感じることがあるでしょう。この違いに、ほんとうに気がついたとき、それが、あなたが、そのアナウンサーとあまり違わないレベルにとどいた時ですよ」(NHK秋山さんの話)
 自分が高くならないと、高いものは、わからないもののようですね。


                         『やさしい国語教室』より



自分が高くならないと、高いものは、わからない・・・。怖いことばであるし、途方に暮れるようなことばでもあるが、だからこそ、励みにもなることばではないか。
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by ohmurakokugo | 2011-06-28 21:55
大村はまのことば ―なにを心配するか―
 ことばが悪いとよく人が言うでしょう。悪いというのは、そんなに心配しなくても、大人になって、赤恥かいて、たいてい直っていきます。ですからそんなに先生が、箸の上げ下ろしみたいにことばづかいを直したりする必要はないと思うのです。その証拠に、ここに若い男の先生がいて、私がいたとするでしょう。そうするとここへきた子どもは、絶対大丈夫、その若い先生と私とで、ことばづかいはきちっと違っています。そんなに利口だし、そんなに機敏なんですから、ことばづかいなどと心配しなくても、普通の人は大丈夫だと思っています。
 そうでなくて、本当にいやだと思うのは、心配に思うのは、ことばの貧しさです。表現することばが貧しいことです。これはほんとうに、人間の貧しさを表しているのではないでしょうか。考え方が浅くなったり、感じ方が鈍くなったり、荒くなったり、そういうことになっているしるしだと思うのです。


                        『教室をいきいきと』より



大村はま記念国語教育の会 事務局
 hokokugo@gmail.com

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by ohmurakokugo | 2011-06-27 22:02
大村はまのことば ―あの時期には―
 あの時期には、しゃれたことばが大好きなんです。よくわからないけれども、何かきりっとしたようなしゃれたことばで、得体が知れないけれども、きついことば、そういうのが好きなんです。それをどこかで聞き覚えると使ってみるのですが、使ってみると誰かが拍手するのです。そうするとますますうれしくなる。それは担任の先生をひっくり返すほどひどいことばであったとか、そういうことがあります。

                    『国語教室の実際』渓水社 
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by ohmurakokugo | 2011-06-24 16:54
大村はまの仕事を受け継ぐには
 大村先生の単元学習を形骸的に模倣することの無意義については、もう多くの人たちが言及している。私もまったくその通りだと思う。しかし、今日、大村方式の灯を絶やすことなく、後代に伝承するためには、もはや形式からでもいい、とにかく大村方式をなぞることを通して、少しでも多く、その精神を理解していくという方とをたどることが急務であるように思われる。

              井上敏夫・元埼玉大学名誉教授 「はまゆう」より



大村はま記念国語教育の会への
          ご入会を歓迎します

 年会費は4000円(入会金不要)。 年一回の研究大会を開催。そのほか小さな研究会も随時各地で開催しています。会報「はまかぜ」を年3回発行。研究会の記録、お知らせ、会員による大村研究、実践記録、大村はまや国語教育などにまつわるエッセイなどを掲載。
関心をお持ちの方は下記の本会事務局までご連絡を。

大村はま記念国語教育の会事務局
 hokokugo@gmail.com   
  
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by ohmurakokugo | 2011-06-20 21:17
大村はまのことば―よりかからない―
 話し合いをしていく時に、自己の確立していない人たちの、寄りかかりあいになるのでしたら、そういう話し合いはおことわりだという気がします。                                             
                            『教えながら教えられながら』
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by ohmurakokugo | 2011-06-16 23:07
大村はまのことば  ―個性―
 やっぱりいろいろなことをやらせてみなければ、いろいろな子どもたちをとらえることができません。その子の長所とか特色とかが現れるような場面のなかで見てやらないと、その子はとらえられないだろうと思うんです。同じものをやらせて、そこから出てくる違いから見える個性なんていうのは、本当にちょっとしたものにすぎないように思います。
                         『自伝 日本一先生は語る』より


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by ohmurakokugo | 2011-06-15 23:24
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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