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大村はまのことば  16
 自覚を持った、求めている子どもが話しているときに、いろいろのやり方というか、話し方のことを話せば、それはもう乾いている土が水を吸うように、喜んでその、私のいわゆる話し方に関する注意というのを聞くでしょうし、また、聞きたいとも思うでしょうけれども、それほど話したいと思わないことについて、それを上手に話すこと、相手を説得する方法など聞いていても、まことにむなしいと思うのです。そのむなしいことをむなしいとも思わないで、先生が話し合いをしなさいと言うから話している、といったようなことになるのです。

                     『大村はまの国語教室』小学館


大村はま記念国語教育の会への
          ご入会を歓迎します

 年会費は4000円(入会金不要)。 年一回の研究大会を開催。そのほか小さな研究会も随時各地で開催しています。会報「はまかぜ」を年3回発行。研究会の記録、お知らせ、会員による大村研究、実践記録、大村はまや国語教育などにまつわるエッセイなどを掲載。
 関心をお持ちの方は下記の本会事務局までご連絡を。

大村はま記念国語教育の会事務局
 hokokugo@gmail.com 
   
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by ohmurakokugo | 2011-02-12 10:07
大村はまのことば  13
 できない子どもと、できる子どもに対する気持ちといいますか、どちらがかわいいというようなことではありませんけれど、(できない子どもは)骨が折れますし、汗をかきますし、どうしてもほんとうに同じ気持ちで、それこそ神様もご照覧あれ、といったように、同じ気持ちで向かうということは難しいことです。ちょっとでも指導者の中にくもりがあれば、ちゃんと子どもはわかります。指導者の心の底にちょっとでも、「しょうがない子どもだな」という気持ちがあれば、子どもはちゃんとわかる、憎らしいくらいわかるものなのです。いわゆる鋭い子どもでなくても、そういうことはわかります。・・・そういう心があれば、もうどう取り繕ってもだめだと思うのです。そういうことを考えるすき間がないように案を立てておくことがだいじなのではないか。・・・自分のいたらなさが出てこない案というのを、うまく考案しないといけないのです。
               『大村はま国語教室』全集第一巻 筑摩書房


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by ohmurakokugo | 2011-02-09 10:50
大村はまのことば  4
「いきいきとした教室」というのは、単なる明るい教室、元気のいい教室とは違います。「ハイハイ」「ハイハイ」と手をあげている、そのような程度ではないのです。「いきいきとした教室」というのは、ひとりひとりが、それぞれに、確実な成長感というのでしょうか、一歩一歩高まっている、自分が育っている、という実感といったらよいでしょうか、それが持てる教室のことなのです。もちろん、子どもはそんな表現でとらえてはいませんが、自分が伸びていると感じることは、ほんとうに人をいきいきとさせます。心の底からあふれ出てくるものがあります。
                             『大村はま講演集 上』渓水社
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by ohmurakokugo | 2011-01-31 16:47
埼玉大会に寄せられた感想
 埼玉大会参加者からの感想は、これまでも2度お伝えしたが、最後にもう一通、掲載したい。
 
     点と点がつながる            
                   八潮市立八幡小学校 櫛引 千恵 

 点と点がつながる。大村はま先生の会には、そんな愉しさがある。
 大会当日、私は、続行中の単元「物語の感想をためてまとめて伝えよう!~一年後の自分へ」で、物語の感想をどうまとめさせるか思案中だった。 証言「元生徒が語る大村教室」で、「書き出し」が話題になった。
 「必ず、先生が書き出しをいくつも与えてくださっていました。それは、十くらいもあったかと思います。それを使ってもよいし、自分のオリジナルで書いてもよい。子ども達は、まず、それを読んで、何とかしてそれは使わないようにしたい、オリジナルで書いてみたいと思う。そういうところに先生は、見えない手を差し伸べてくださったということを感じます。」
( そうか。)と思った。帰宅してから、大村先生のご著書を開いてみた。
 「他の子どもが書けたけれども自分は書けない。そんな苦しみをしている子を助けなくてよろしいんですか。書き出しを少し書いてやったらどうですか。」(『教えるということ』)
 『教室を生き生きと1』にも、書き出し文による指導の例が書かれていた。
 早速、書き出し文の手引きと「手引きを使って書いたら・・・」という感想文の例を書いたプリントを作成した。明日の授業は、これで行こうと思った。児童は、書き出しの例から書き出しを選び、ノートにためた自分の感想をつなげて書き進めることができた。大村先生が教えて下さっていることと、自分の実践がつながった。
もう一つ。 
私の中では、藤原正彦氏から藤原てい氏へ、それから新田次郎氏、藤原咲子氏へと、点は既につながっていた。『国家の品格』『祖国とは国語』がブームになった頃である。
 『若き数学者のアメリカ』の中の正彦さんが愉快で、正彦さんを育てた母の藤原ていさんという人を知りたくなった。「藤原正彦氏を育てた母の半世紀」という帯が付いた『旅路』、『流れる星は生きている』を読み、そのていさんの強さに驚き、惹かれた。そして、正彦さんも咲子さんもこの母のこの強さで守られ、日本に辿り着くまでの凄絶な道のりを乗り越えてきたのだと感慨深かった。
 その後、私の読書は、咲子さんの『父への恋文』『母への詫び状』と続いた。新田次郎さんを父に持つこと、『流れる星は生きている』の「咲子ちゃん」は、どのように成長し、今、父、母にどのような思いを抱いているのかを知りたかった。小学校四年生の頃から、新田次郎さんの文章指導を受けていたという咲子さんの書く文章。そのリズム感に引かれながらページを繰っていった。咲子さんの苦悩、「恋文」「詫び状」に込められた思いを知り、「藤原一家」への憧憬が一層深まった。
今年の埼玉大会で、藤原咲子氏のご講演が予定されていると聞くや、胸が躍った。しばらくして、大会の案内文書から、ご講演の演題を知った。「母、藤原ていと大村先生との心の交流」
驚いた。あの藤原ていさんが大村先生の教え子だったとは!ていさんの自信と強さの根底に、作家、ていさんの文章力の根底に、大村先生がいらっしゃった!大村先生と藤原ていさんが、つながった瞬間である。ご講演で、藤原咲子氏は、
「大村先生の赤ペンは、ポエムです。」
と、ていさんの書いた文章に入れられた大村先生の赤ペンのコメントを紹介してくださった。
ご講演は、音楽を聴いているような心地よさがあった。その終盤に、ていさんが七十才後半から病気になったことを話された。ていさんに、
「大村はま先生が、『がんばれ、がんばれ。』っ て言ってるよ。」
と言うと、顔を赤らめられるとのこと。どれだけ、大村先生の一言一言が、日々のご指導がていさんの力の源になっていたかがよく分かる。
「九十才になっても、○○先生と名前を聞いたら、 頬を赤らめる、そんな生徒の先生になってくだ さい。」
とご講演を閉じられた。
 大村はま先生の教えてくださっていることが、点にさえなっていないことがまだまだ多いことに改めて気付かされる。かつて、一通り読んだと思っていた『教えるということ』『教室を生き生きと1~3』。読み直してみれば、教室のどの一人一人にも力を付けるためのヒントが詰まっている。もう一度、一人一人に力を付けるという視点で読み直し、点にしていくこと。そして、実践とつなげていくこと。これが、私の課題である。

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by ohmurakokugo | 2011-01-24 17:12
埼玉大会 理事長による展望
 昨年11月13日に行われた「大村はま記念国語教育の会 第6回研究発表大会
 ―埼玉大会―」の報告も、いよいよ終盤です。今日は、安居總子・本会理事長による「展望」の概略をお伝えします。

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  展     望
                            本会理事長 安居 總子


 大村先生から学ぶもの、今日は二つ挙げたい。
 まず大村先生の遺されたものが、大村先生から教えを受けた人達の言葉の中に生きていて、それが今日はいろいろな形で示された。例えば苅谷夏子さんが大村先生の本からいくつもの言葉を選び出して、その言葉を元にしながら、評伝という形にまとめられたという中にも生きている。しかし、時が経つにつれて薄れていくことを恐れる。今それを伝えることは大事なことだと私は実感している。大村はま記念国語教室の会では、今年も大きな成果をもたらしたと思う。
 もう一つは、国語教室を持っているものとして考えなければならない問題があるということ。単元学習とは、先ず、目の前にいる学習者をしっかりとらえ、その学習者にどのような力を育てたいかを特定し、そのためにどのような学習材と言語活動で学習を成立させ、どのような流れで授業を展開していくかを考える。「初めに教材ありき」ではない。学習者の学習指導計画の中に、目標決定があり、そこでどのような言語経験や言語活動をし、ふさわしい学習材の選定があって、それらは全て私たち一人一人の教師の責任にあり、教師の力である。
 そういうことを考えたときに、例えば大村はま国語教室の中の単元一つをとりあげて、この単元はどういう学習材で、どんな言語活動をして、どう学習が流れて、どこで子供を見て、評価してということをする。最近は、一つの単元を成功させるために、(そこで子供達に本当に力がつくために)その前にはどのような学習があったのか、そしてそれは後のどのような学習につながっていくのかというカリキュラムの問題として考えられるようになってきている。それから『評伝』、あるいは苅谷さん、羽島さん、内海さんのお話の中にもありますが、書くということ、創造性ということ、何かを創造していくというときにどういう学習があるのかということ、そういう目で一つ単元を見てみよう、創造の目はどこに隠されているのだろう。探るということを私たちは教わったように思う。
 それにも増して、子供を本気にさせる。国語が嫌いでない、好きになることが回りだすきっかけは何なのだろうという視点から各単元を見ていくということも重要だろう。そういうことが何回か連続して大村はま記念国語教室の会で語られ、ある程度、研究も含めて物の見方、考え方に裏付けられて語られ始めたということは非常に嬉しく思う。
 今、生きる力を育てるために、課題を見出し、解決する能力とか、他者や自然環境と通じ合う力とか、ツールを使いこなす力とかということがいわれている。大村単元学習の中のいろいろな活動との組み合わせ、生活との組み合わせ、言葉との組み合わせでこれをもっと私達は大事にしたい。大村はまの教育実践の少なくとも文字化されているものの中から更に私達はそれをどう拾い、将来につなげていくのかが大きな課題だ。
 今日はこの会を企画してくださいました南部国語の会の長年続いている研究組織とメンバーの方たち、その人達の大変な力で大きな会が持たれたことに感謝したい。これからもこの会が新たな形で発展していくことを望む。来年は福岡で行われることになる。来年また福岡で皆さんとお会いしたい。本当に豊かな心になって帰れることを感謝して終わりたい。
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by ohmurakokugo | 2011-01-23 22:05
新たな年に
事務局も長めの冬休みをいただいておりました。あけまして・・・という挨拶は「いまさら」という時期になってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。

国語単元学習を開拓し続けた国語教師・大村はまについて、さまざまな面からアプローチして知っていこう、知らせていこう、というのが、この「大村はまを知る窓」です。大村はま記念国語教育の会の会報「はまかぜ」のネット版です。これからもご愛読いただければ幸いです。


2010年11月13日に開催された第6回となる研究大会「埼玉大会」の報告の続きを、まずは掲載したいと思います。午後の部、実践研究発表の③高等学校からです。

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古典単元「『競べ弓』からの追跡
教科書教材の学習に「比べ読み(速読演習)」と「プレゼンテーション」を連結させる試み
       埼玉県立秩父高等学校 諸 井 雅 子                 
 教科書教材の学習に、応用として「比べ読み」を「速読演習」の形で入れ、その「比べ読み、(速読演習)」の結果をプレゼンテーションを通してクラス全体で共有するという構成になっています。古典文法がある程度身についた2年生の段階では、それを活用して長文をどんどん読んで理解できる力を身につけさせたい。しかし生徒の実態を見ると、習った文法がフルに活用できていない、途中で主語が分からなくなる、主観的な読みになるため話の概要を取り違える、古文の世界が身近でないので話をつなぐための想像力が働かない、といった様々な弱点があるわけです。こうした状況を踏まえて、主観に頼らないで、根拠を持って正しく速く概要をつかむ力を身につけるための単元を組もうと考えました。これが単元設定の理由です。「根拠を持ち、正しく速く概要をつかむ力」に特化させた単元を組んだということです。

 また、小集団による「比べ読み」を「速読演習」の形で入れ、その結果をプレゼンテーションさせたわけですが、狙いは2つあります。1つは自分の読みと他者の読みを対峙させることで、長文速読における自分の弱点を意識化させ、根拠を持って読むやり方そのものを学ばせたいということです。2つ目は教科書教材と関連教材の対比、そしてそのプレゼンテーションを通して作品による視点の違いに気づかせ、古典の世界の奥行きを学ばせたいということです。

 学習目標は、
1つ目は古文の速読力、つまり主観で読むのではなく文法をフルに活用し、根拠を持って正しく速く概要をつかむ読み方、以下「速読」と言いますけれども、それを学ぶこと。
2つ目に比較対照として他の文章、以下これを「追跡文」と呼びますが、これを問題意識を持って主体的に読むこと。
3つ目に小グループでの話し合い、「集団速読」と名づけているのですが、これを通して自分の読みの弱点を知り意識化すること。
4つ目に、比べ読みとプレゼンテーションを通して、作品による人物像や視点の違い、そしてその理由について根拠を踏まえて考えるということです。

 自分たちが追跡したい人物が描かれている文章を、「大鏡」、「栄花物語」、「小右記」、「枕草子」から用意した11の文章の中から1つ選びます。
 この「追跡文」の「速読演習」は大きく2つの段階に分かれています。第1段階は「1人読み」です。自分1人でできるだけ速く、目標25分以内で読んで設問に答える。第2段階は、それを踏まえて班ごとに行う「集団速読」です。班内で話し合いながら自分の読みを他者とぶつけ合い、できるだけ速く概要の完成稿を作る。最後の段階は、こうやって読んだ自分たちの「班の読み」のプレゼンテーションです。生徒達の原稿から「追跡文」が根拠を踏まえてしっかり読めていると感じました。生徒達は本気になってプレゼンテーションに臨みました。


明日は、この発表に対するフロアからの発言、発表者からの回答を掲載します。
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by ohmurakokugo | 2011-01-12 20:47
埼玉大会 参加者の声
 引き続き、11月13日の埼玉大会に参加してくださった方の感想をご紹介する。若い頃に、大村はま先生のことばを直接聞いた世代の校長先生である。現場で日々、一心に子どもに向き合っている方ならではの受け止めが印象深い。


         「ほんとうのかかわり」
                         深谷市立桜ヶ丘小学校 手計 茂
  
 人は、ほんとうの人とのかかわりの中で、ほんとうの人になっていく。
このことをさらに強く実感した、平成二十二年十一月十三日(土)であった。場所は、埼玉県のさいたま市民会館うらわ。
 このことに関連して、二点触れてみたい。
 一点目は、当日、心強く打たれ、学校で児童・生徒とかかわるときの指針としたい言葉とその振り返りをしてみたい。
 二点目は、今、私なりに、学校で考えておきたいことである。
 まず、一点目であるが、順不同で羅列したい。 ①書くことというと、大村先生の「中学作文」がすぐ思い浮かぶ。登壇された教え子の内海さんが、「五つの夜」(漱石の夢十夜を意識されていたようだと話された)を紹介された。この中で、別の人物になる(このときは、母の友だちになるとされたが)ことで、書く視点がさらに広がったと話されたが、改めて合点が行った。さらに、書きだしと結びまで触れたことに、胸が熱くなった。実践の要諦の一端だと我が意を得た。
 ②同じく教え子の苅谷さんの次の言葉。「材料に電圧をかけて、混ぜて息を吹き込む」。しかも、それを有機的なものにし、創造と意欲のエネルギーにすること。
 これらに四苦八苦して、思いどおりに、書かせられない私としては、教え子がそれを受け止めていたことに改めて驚嘆・尊敬する次第である。
 二点目は、「てびき」のことである。
 「学習のてびき」はまさに、見通しと振り返りの具体的なものであり、学習の原点だと感じた。
 学習指導要領で強調されているが、すでに大村先生が実践されていたことに敬意である。
 さらに、今の学校は「生活のてびき」「人間関係のてびき」が求められている。
 発達障害(傾向)と言われる、児童・生徒への対応がその一例である。これらの子どもたちは、概して、言語による自己表現が苦手である。感情の表わし方を知らない。自分の思いや願いをうまく伝えられない。そのために、攻撃的になるか、自己否定による多くの行動をとることが多い。
 学校では、この子どもたちの心根や心持を汲み取って接している。
「それは、こういうことなの」「こう言いたかったんじゃないの」などと言語化させている。しかし、トラブルは絶えない。
 「それでも」という接続詞を唱えて、育てるしかない。ほんとうのかかわりを求めている。
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by ohmurakokugo | 2010-12-08 16:54
埼玉大会 参加者の声
 11月13日に開かれた大村はま記念国語教育の会第六回研究大会【埼玉大会】を、何回にも分けてお伝えしているが、今日は参加者の声が届いたので掲載する。さまざまな人が、それぞれの関心とバックグラウンドを持って参加なさっていたことが、今さらながら思われる。


「大村はま記念国語教育の会研究大会」に参加して              
                筑波大学内地留学生(長野市立塩崎小学校) 依田 学

 倉澤栄吉先生が文教大学で教鞭を執られていた頃、学生だった私は、倉澤先生に連れられて大村はま先生の講演を聴いた。今、考えてみるとそれは「大村はま国語教室の会」であったのだと思う。薄れゆく記憶の中で今でも覚えているのは、受付で倉澤先生が、「学生がお金なんて払わなくていい」とおっしゃり、数名いた学生全員分の会費を払ってくださった後に、「その分、代わりに本を買って勉強しなさい」と言われた一言である。
 あの時私は、倉澤先生に払っていただいた会費分のお金でちゃんと本を買ったのだろうか。勤勉な学生とは対極にいた私は、きっとその貴重なお金を何か他のことに遣ってしまったのだろうな…と思う。
 あれから二十年近く経ち、今年、「大村はま記念国語教育の会」に参加させていただいた。
 現在、私は、長野県から長期研修派遣生(内地留学)として、筑波大学にいる。甲斐雄一郎先生のもと、研究と言えるほど立派なものではないが、大村先生の「てびき」について学んでいる。
 そんな私にとって、研究大会での一日は大変貴重なものであった。小西まゆみさんの学習記録とにらめっこしている日々の私にとっては、内海まゆみさんのお話がとても印象に残った。寺井正憲先生からは、「エディターシップ」や「インベンション」といった大村先生の実践を見るひとつの新たな視点をいただいた。また、午後の藤原咲子さんの講演は、信州人である自分をどこか誇らしく感じながら貴重なお話に聞き入った。
 「その分、代わりに本を買って勉強しなさい」という倉澤先生のことばを思い出しながら、遅ればせながら何とかそのことばに応えたいと、気持ちを新たにした一日であった。

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by ohmurakokugo | 2010-12-04 16:26
埼玉大会報告の続き 寺井正憲氏の研究発表編
昨日は熊谷研究会のお知らせを掲載したために中断したが、埼玉大会の報告に戻る。

寺井正憲・千葉大学教授の「エディターシップの視点から見た大村はま国語教育実践について」と題する発表である。

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 外山滋比古氏は『新エディターシップ』(2009年)の後書きで、エディターシップについて次のように言う。
「技術、作業としての編集とは別に、編集の精神、理念といったものがあるという考えは自分にとって一つの開眼であった。編集の機能を考察してそれをエディターシップと呼ぶことにした。考えを進めていくうちに、エディターシップはなにも編集関係者に限るものではない。われわれ人間はすべて、編集をしない、意識しないエディターである、という考えに到達した。」
 この「エディターシップ」が、今発表のキイワードであった。以下、概要である。


 近年、読むことの学習指導は、テクストを読み取る学習指導から、学習者がテクストを受容しつつ自らのテクストを新たに産出する学習指導へと転換しつつある。テクストの破壊から組織という過程は、情報を編集する行為、あるいはそのアナロジーとして理解することができる。
 エディターシップという概念装置を持ち込むことで、多様なメディアを前提とした読む活動と表現活動を統合的に結び付けた読むことの学習指導論を構築することが可能となろうし、授業づくり全般をとらえなおす視点を提供するであろう。また、学習者は、編集過程を常に企画構想し運営調整する、言わばエディター(編集者)としての役割を担うことになる。そのような役割を担わせることが、学習者を戦略的な言語運用者足らしめ、自らの目的を自律的に実現するために、思考や認識の方法を含んだ種々の編集方略を操作的に活用する言語運用者、言語生活者として育成することになろう。
 国語学習や授業づくりをエディターシップに基づくものとしてみようとするとき、単元学習による授業はその最たるものと言ってよい。研究の出発点として、単元学習を推進した大村はまの国語教育実践を見ることの価値は大きいと見なされる。大村の国語教育実践は、資料や情報の編集、言語語活動や能力、学習者の組織ということももちろんだが、何よりも言語生活者が能動的に生きていくために必要なエディターとしての資質や能力、態度を育成するように見受けられる。大村はまの国語教育実践のどれをどう選択し、新たに編集して継承するのか。そのことを意識して今後も研究に取り組んでいきたい。
  
       *  *  *  *  *

 具体例を豊富に挙げながら、エディターシップという新しい眼鏡越しに大村実践を読み解いていただく発表だった。即座に理解するには難しい部分もあったが、じっくり考える契機をいただいた実感があった。
 ここに掲載出来なかった詳細は、埼玉大会書き起こし記録( 大会実行委員会が作成し、2000円でおわけする予定)をご覧いただきたい。


午前の部の最後は、内池三郎氏による和歌披講があった。古式に則り、美しい装束と響く声で、自作の和歌、「大村はま先生を偲びて」を詠んでくださった。和歌披講は600年ほどの歴史のある言語文化であるという。和歌が、書き文字でなく、読み声で伝えられた時代を想像させる力があり、参加者はみな、しんと聞き入ったものであった。
 
  言の葉の学びにひたる子等ありて 教への道は尊かりけり   三郎

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by ohmurakokugo | 2010-12-04 12:30
熊谷地区研究会 この週末に
12月5日(日)の午後、埼玉県熊谷市において、日本国語教育学会の熊谷地区研究集会が開催される。
大村はま記念国語教育の会は例年、この会を共催してきた。熊谷の地は、大村はまが何度か訪れ、熱のこもった講演・指導をした地である。その熱は、おそらく熊谷地区のみなさんになんらかの影響を与えつづけているにちがいない。当日参加も受け付けているので、ご参加を。

主催・日本国語教育学会・むさし野国語の会
日時・12月5日(日) 13:30~16:30
場所・埼玉県熊谷市「熊谷市男女共同参画センター」会議室
       (JR高崎線 熊谷駅ビル ティアラ4階) 
日程・
 受付 13:00~
 開会行事 13:30~
 研究発表 13:40~
   ・ 「相手意識」に重点を置いた書くことの学習指導  深谷市立豊里中 神田さおり
   ・ 研究協議
   ・ 指導                        筑波大学・本会理事  甲斐雄一郎 
 講話 14:50~
     「授業をつくる ―聞く・話す・コミュニケーション―」  本会理事長  安居總子
 講話 15:10~
     『評伝 大村はま』をめぐって                本会事務局長 苅谷夏子
 講演 15:40~
     「言語生活と言語文化」             早稲田大学・本会理事 桑原 隆
 閉会行事 16:20~ 

参加費は資料代として1000円。
終了後は、17時より懇親会が予定されている(参加費5000円) 
会場では『評伝 大村はま』が特別価格で販売される。

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by ohmurakokugo | 2010-12-02 16:59
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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