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埼玉大会 実践研究発表 その2への意見
前回は埼玉大会での実践研究発表のうち、埼玉大附属中学校の福田先生の実践をお伝えした。今回はそれに対しての質問や感想をご紹介したい。

滝口先生(千葉大学教育学部附属中学校)
 単元の終末で、実際の雑誌記事を見せたことの意図と効果は、どのようなものであったか。
 先生が提示された言葉だけの情報がある。それをもとにして、レイアウトとして情報を整理している。その上でもとになった実際の雑誌記事を見せることによって、子供の達成感が削られてしまった可能性があるのではないか。
 実際の雑誌情報は、レイアウトの工夫はあまりなくて、上のほうに文章、下のほうにそれに関するビジュアル的な資料があるというくらい。例えばこれをゴールにするのであれば、示した文章を語り口調で小さい子に分かるように書き換え、その下のほうには、それに分かるような図などを入れてみようという終点が分かったほうが、乗り越える方向と高さが子供達に理解できたのではないか。その観点で言うと最後にこの情報を見せたことの意図と効果はどのようなものであったか。

福田 
 最後に生徒に感想を書かせたときに、自分達が考えたほうが分かりやすかったというような感想もあった。特にビジュアル的な部分については、確かに実際の雑誌のほうがいい写真などがあったが、、生徒はここに写真が入ったほうが効果的だというところに留まっておりました。
 タイトルなどでは自分達が考えたほうが分かりやすかったということがあった。ご指摘の通りプロの仕事として紹介したことで、生徒としては納得いかない部分があったかと思う。
 実際の雑誌を参考にすることによって、子供達のまとめる力、表現する力を高められるのではないか。自分達が日頃行っているレポートの書き方や新聞の書き方で得るものはないかという考えでいた。ご指摘いただいたように子供にとってうまくいかなかった部分もあったかと思う。

藤井先生(岩手大学教育学部)
 既習の学習材が二つあって、論理的な思考ということを念頭に置くのであるならば、事実と結論と、事実と結果と考察という論理関係が、発展としては必要なのではないか。福田先生がなさっていることは、今日のエディターということで言えば、要約して一つにまとめる。問題関心は自分達の中にあったのではなくて、すでに学習材として提供され、そこから出発した上で、どうまとめていくのかという学習にはなっている。つまり、伝えたいことを整理するという書き手は、自分なのか、それとも雑誌や新聞を書いている人達なのかというところに、ずれが生じていないかということですね。 自分が書き手として材料を収集して、論理関係を構築するのだったらば、一つの筋は通るのだけれども、人様のものを編集する活動であるなら、読み手を意識して書き手であるという意識はどうなるかというところに課題点があるのではないかという感想を持った。

 大会当日は時間も限られていて、議論はこれ以上、その場では難しかった。しかし、ここには大村はま記念国語教育の会の仲間としてはじっくり議論したいことが示されているように思う。
 ここからは、当サイトの管理人の私見であるが、大村はまがこの場にいて、この問題について発言したなら、何というだろうか、と考えて、述べてみたい。

 まず、「生徒が文章を元にレイアウトを工夫したあと、プロの編集ぶりを見せる」というのは、生徒の達成感を削ぐのではないか、というご意見について。
 大村はまにとって重要とされた視点に「優劣のかなたに」がある。優だ、劣だと比べるような隙のない、つきつめた学習を目指すことばである。これにたいし、本会倉澤会長が、「むしろ優劣のど真ん中に、と言っていいのではないか」と発言なさったことがある。大村教室の二つの側面をお二人がずばりと表現なさっているように思われる。大村先生は、より深い理解、より興味深い事実、より鮮やかな表現などを追求するとき、これより、これのほうが、この点が優れている、というような判断を非常に冷静に、適確になさった。それをわざとぼやかすようなことはなかったように思う。より良いものを求めたとき、優劣の判断は的確にくださざるを得ない。そういうクールな判断をびしびしと繰り返すことがちっとも人を見下すことでも、認めないことでもなく、勉強仲間にはそういう姿勢は欠かせないものだということを、大村先生は生徒に繰り返し見せていたと思う。
 福田先生の実践の話に戻そう。生徒は文章情報をどう紙面に構成するかという作業をする。グループで話し合いながら、工夫を重ねる。ようやく仕上がった後、プロの構成を見せられたとき、大村教室の生徒なら、生き生きとその対比を受けてたち、「ああ、そうか、ここはこんなやり方があったか」「ここの部分について、どうしてこうやったのか、聞いてみたいなあ」「この部分は、自分たちの案の方がいいと思うなあ」などと、同じ課題に向き合った者ならではの感想を持っただろう。福田学級でもそうだったのではないだろうか。それは「答え合わせ」などではなく、もっと意味のある比較である。プロに対して、ただひれ伏すのでもなく、かといって、盲目的に自作こそ一番良いと主張するのでもない。細かく、具体的に、仕事ぶりを比較する。すると、さすがにプロはすごい、と実感することも多い。上には上がある、ということが実感される。と同時に、それが届かないほど上でなく、工夫次第では届きそうな気もしてくる。そういう対等な比較こそが、生徒を育てたような気がする。

 今日はここまでとしたい。
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by ohmurakokugo | 2010-12-21 23:18
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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