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埼玉大会報告の続き 寺井正憲氏の研究発表編
昨日は熊谷研究会のお知らせを掲載したために中断したが、埼玉大会の報告に戻る。

寺井正憲・千葉大学教授の「エディターシップの視点から見た大村はま国語教育実践について」と題する発表である。

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 外山滋比古氏は『新エディターシップ』(2009年)の後書きで、エディターシップについて次のように言う。
「技術、作業としての編集とは別に、編集の精神、理念といったものがあるという考えは自分にとって一つの開眼であった。編集の機能を考察してそれをエディターシップと呼ぶことにした。考えを進めていくうちに、エディターシップはなにも編集関係者に限るものではない。われわれ人間はすべて、編集をしない、意識しないエディターである、という考えに到達した。」
 この「エディターシップ」が、今発表のキイワードであった。以下、概要である。


 近年、読むことの学習指導は、テクストを読み取る学習指導から、学習者がテクストを受容しつつ自らのテクストを新たに産出する学習指導へと転換しつつある。テクストの破壊から組織という過程は、情報を編集する行為、あるいはそのアナロジーとして理解することができる。
 エディターシップという概念装置を持ち込むことで、多様なメディアを前提とした読む活動と表現活動を統合的に結び付けた読むことの学習指導論を構築することが可能となろうし、授業づくり全般をとらえなおす視点を提供するであろう。また、学習者は、編集過程を常に企画構想し運営調整する、言わばエディター(編集者)としての役割を担うことになる。そのような役割を担わせることが、学習者を戦略的な言語運用者足らしめ、自らの目的を自律的に実現するために、思考や認識の方法を含んだ種々の編集方略を操作的に活用する言語運用者、言語生活者として育成することになろう。
 国語学習や授業づくりをエディターシップに基づくものとしてみようとするとき、単元学習による授業はその最たるものと言ってよい。研究の出発点として、単元学習を推進した大村はまの国語教育実践を見ることの価値は大きいと見なされる。大村の国語教育実践は、資料や情報の編集、言語語活動や能力、学習者の組織ということももちろんだが、何よりも言語生活者が能動的に生きていくために必要なエディターとしての資質や能力、態度を育成するように見受けられる。大村はまの国語教育実践のどれをどう選択し、新たに編集して継承するのか。そのことを意識して今後も研究に取り組んでいきたい。
  
       *  *  *  *  *

 具体例を豊富に挙げながら、エディターシップという新しい眼鏡越しに大村実践を読み解いていただく発表だった。即座に理解するには難しい部分もあったが、じっくり考える契機をいただいた実感があった。
 ここに掲載出来なかった詳細は、埼玉大会書き起こし記録( 大会実行委員会が作成し、2000円でおわけする予定)をご覧いただきたい。


午前の部の最後は、内池三郎氏による和歌披講があった。古式に則り、美しい装束と響く声で、自作の和歌、「大村はま先生を偲びて」を詠んでくださった。和歌披講は600年ほどの歴史のある言語文化であるという。和歌が、書き文字でなく、読み声で伝えられた時代を想像させる力があり、参加者はみな、しんと聞き入ったものであった。
 
  言の葉の学びにひたる子等ありて 教への道は尊かりけり   三郎

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by ohmurakokugo | 2010-12-04 12:30
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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