浦和での国語研究会 開催まで10日
平成24年度第14回
国語教育研究会のご案内
 

 大村先生が亡くなられて七年が過ぎた。お元気な声や姿が昨日のことのように思い起こされる。

 この会を主催する「南部国語の会」は、ひと言で言うと、よい授業をしたい、と切実に願う教師の集まりである。定例会を持ち、大村先生、倉澤先生に教えていただいてきた。命名は埼玉大学名誉教授の故井上敏夫先生がなさった。小・中学校・高等学校や大学で教師をしている人、行政職の人、学生や今は現職を退いた人たちも参加している。教えている人、教られたことのある人たちの会である。

 「よい授業」にするためには、このことばから一歩踏み出し、具体的な授業を探求しなければならない。さまざまな立場の会員が、経験からの知恵を出し、語り合う。大村先生はどのような力をつけようとなさっておられたのであろうか。そのためにはどのようなテキストを使い、「てだて」や「てびき」はどうしたらよいのか。それらのことを、大村はまの全集から探ったり、直接教室で教わった苅谷夏子さんに、「そんなときはどうでした」と授業の様子や、大村先生のお考えを具体的に伺い、授業の案を練り直したり、これからの授業を考えたりしている。これらのことをもとに、今回の会は、「言語活動の充実」をめざした授業づくりをテーマとし、山下直文部科学省教科所調査官の司会でご指導の先生方をお迎えし小・中・高の提案協議がなされる。「証言」では、水戸部修三文部科学省教科調査官と、大村教室の「言語活動の充実」の具体に迫る。

 ぜひ、お誘いあわせの上、お出かけください。

研究主題
ことばの学び手が育つ国語教育の創造
―豊かな言語活動が拓く単元学習の展開― 
〈「言語活動の充実」を目指した授業づくり)

  主催 日本国語教育学会研究部・南部国語の会
  共催 大村はま記念国語教育の会
  日時 平成24年6月17日(日)受付9時~  
  会場 浦和コミュニティセンター(浦和パルコ9階)

日程及び内容

開会9時20分~ 全体司会檜垣幸久(三郷市教委)
挨拶
 日本国語教育学会会長      湊  吉正 
 埼玉県国語教育研究会会長   田嶋  章
 埼玉県高等学校国語科教育研究会会長  小林 一郎
講演Ⅰ 「言語素養と言語態勢」
  湊吉正(日本国語教育学会会長)
研究Ⅰ 研究協議
  司会 山下 直 (文部科学省教科書調査官)
◇小学校   「日常生活に生きる短歌・俳句の授業づくり」
   淺井大貴(埼玉大学教育学部附属小学校)
  指導   今村久二(日本国語教育学会小学校部会長)
       大越和孝(東京家政大学教授)
◇中学校  「古典の世界に親しむ ―小学校からの古典学習を受けて― 」
   三浦直行(埼玉大学教育学部附属中学校)
  指導  中村敏男(北本市立東中学校長)
       安居總子(日本国語教育学会中学校部会長)
◇高等学校 「話し合う力を育む国語単元学習の展開」
   初谷和行(筑波大学附属坂戸高等学校)
  指導   山下直 (文部科学省教科書調査官)
       石塚秀雄(日本教育大学院大学教授)
※全体会・分科会・全体会の順に進行します。


13時~ 午後の部

講演Ⅱ「よりよい『言語活動』のあり方を考える」
  大越和孝(東京家政大学教授)

シンポジウム「言語活動の充実」の具体に迫る」
 講演Ⅲ(基調講演)
  水戸部修治(文部科学省 教科調査官)
研究Ⅱ 証言「元生徒が語る大村教室」  
   ―水戸部教科調査官と「言語活動の充実」の具体に迫る―
  水戸部修治(文部科学省 教科調査官)
  苅谷夏子 (本会事務局長)
  内海まゆみ(東京都目黒区立第八中学校)
 司会 中山厚子(本会常任理事)

講演Ⅳ 「お月さまとウサギ」   桑原 隆 (早稲田大学教授)
展望   甲斐雄一郎(筑波大学教授)

閉会 17時
参加費 3000円(当日受付にて)
懇親会を17:30から予定しています。
当日の研究会の書き起こしをした研究紀要をご希望の方に、実費(送料込)2000円でお分けしています。事務局まで、お申し込みください。
申込先 
☆ 南部国語の会・国語教育研究会事務局
       中山厚子方  048・831・4237
☆ 大村はま記念国語教育の会事務局
Email hokokugo@gmail.com
 当日受付も歓迎です。お誘い合わせの上、ご参加ください。お待ちしています。
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# by ohmurakokugo | 2012-06-08 15:55
大村はまのことば ―教師と研究―
  私はまた、「研究」をしない教師は「先生」ではないと思います。まあ、今ではいくらか寛大になって、毎日でなくてもいいかもしれないとも思ったりしますが…。とにかく、「研究」ということから離れてしまった人というのは、私は、年が20幾つかであったとしても、もう年寄りだと思います。つまり、前進しようという気持ちがないわけですから。それに、研究ということは苦しいことです。ほんの少し喜びがあって、あとは全部苦しみです。その喜びは、かけがえのない貴重なものですが。
 研究ということは「伸びたい」という気持ちがたくさんあって、それに燃えないとできないことです。少しでも忙しければ、すぐおるすになってしまいます。なぜ、研究をしない教師は「先生」と思わないかと申しますと、子どもというのは、「身の程知らずに伸びたい人」のことだと思うからです。いくつであっても、伸びたくて、伸びたくて…、学力がなくて頭も悪くてという人も、伸びたいという精神においては、みな同じだと思います。一歩でも前進したくてたまらないのです。そして、力をつけたくて、希望に燃えている、その塊が子どもたちなのです。勉強するその苦しみと喜びのただ中に生きているのが子どもたちなのです。研究している教師は、その子どもたちと同じ世界にいます。研究をせず、子どもと同じ世界にいない教師は、まず「先生」としては失格だと思います。子どもと同じ世界にいたければ、精神修養なんかではとてもだめで、自分が研究しつづけていなければなりません。
                              
                           『教えるということ』より

 福岡大会まであと2日!
  詳細は下の記事をごらんください。
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# by ohmurakokugo | 2011-11-21 20:19
福岡大会に駆けつける気持ち
大村はま記念国語教育の会 11月23日の福岡大会まであと5日。残念ながら、祝日とはいえ週の真ん中に開催となったため、日帰りという参加者も多いことだろう。忙しい現場の先生方が、始発の電車にのって暗いうちに福岡を目指すのは、何かを得てこよう、という志があるからだ。

主催側の私たちも、何かを明らかにしよう、という志をもってこの一日を作り上げようとしている。

大村はまに心を寄せる人は、そんなふうな人たちだ。

 【大村はまのことば】
 次の時代、未来へ心をつないで生きるのでなければ、教育はできませんね。現代だけに奉仕するんだったら、教師はつまらないですね。未来をつくる人、それは私たちの教え子です。


福岡大会の詳細は、下記。下にスクロールしてご覧ください。
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# by ohmurakokugo | 2011-11-18 22:03
福岡大会目前
いよいよ11月23日(水・勤労感謝の日)は、大村はま記念国語教育の会 平成23年度研究大会・福岡大会(於・福岡教育大学)の日。

着々と準備が進んでいる。さまざまな角度から、大村はまの思想と実践が照らし出される。小中高教員の実践発表からも、多くのことを考える契機が得られるにちがいない。詳細は下記をごらんいただきたい。

福岡大会を前に、今年6月に開かれた埼玉の国語教育研究会に参加した会員の感想を掲載する。忙しい毎日の中で、時間をやりくりして、家族に詫びをいいながら、疲れた体を励ますようにして、研究会に駆けつける、その良さ…手応え、高揚、自省や奮起など…が、文字になって現れていると思う。

          ぜひ、来週は福岡大会へ!

言葉の力を自覚して                     新座市立片山小学校 石川 周
 六月十一日、本会が、毎年と同じように今年も開催された。被災地を想うとき、自分が出来ることは、何事も全力で取り組もうと思う。例年、多くの学びがあり、実践への意欲をかき立てられる。とりわけ「今年」は、私の中の学びとろうとする本気度が、一段と高まっているのを感じた。
 「活用」という言葉が、様々な場所で飛び交っている。そういう私の勤務校でも「活用」をテーマとして研究を進めている。そんな私の心に、中村敏男先生が中学校の提案のご指導の中での言葉が留まった。「…系統性と言っても一つの指導の中でしっかりと学習内容が定着していなければ次に積み重なっていかないわけで活用のしようもないわけです。その学習指導の中でどういう国語の力をつけたのか、学習内容が定着したのかということを授業者がしっかりと見届ける手立てを学習指導の中で構築していかなくては前提が成り立たない。」これは、当たり前のことかもしれない。しかし、私は自実践をふり返り、非常に曖昧さを含んだ実践をしていることに、改めて気づかされた。この曖昧さを払拭するためには、一単元でつけたい力を明確にし、見届けていくのはもちろん、学期間のつながりや一年間での計画を明確にしながら取り組まなければ、子どもたちが自覚的に言葉の力をつけていくのは難しい、いや無理だと感じた。続けて中村先生は、「見通し」をもたせ、「ふり返らせる」ことを強調された。私にはそのことがまさに、子どもが自覚的に言葉の力をつけていくためのシステムだとも聞こえるようであった。
 「自覚化」した言葉の担い手を育成するという点では、山下直先生の話が繋がった。高校の提案のご指導の中で、「レトリックは形、対句とかいうけれども、先ほど指摘があったように形だけではなくて、その奥にあるものをわかりやすく示すものとして私達の中で機能しているのだということを知るということが、単なる対句だけでなくて認識を表現するということに対する視点を生徒にもたせることにつながっていき、それがきっと書く力のほうに・・・」という話があった。子どもに言葉の力をつけるためには、どんな言葉の力がついたのか自覚させ、新しい問題に出会ったときでも、再生可能な「視点」を子どもの中に構築することだと感じることができた。
 昨年度、「大造じいさんとガン」を扱った単元を通して、情景に着目して登場人物の心情を読み取る力を身につけさせる実践に取り組んだ。それまで本学級の児童は、情景をただの風景ととらえる児童がほとんであり、情景が登場人物の心情を表しているとは思わなかった。しかし、この学習を通して、情景が心情を表しているという「視点」を身につけることができた。そして本年度四月「カレーライス」という文学教材を扱った時の事、ある児童が、本文の最後の文について、「先生、これ情景だよね。」と指摘した。その言葉は、学級全体で自然に広がり、既習のこととして、皆に共有された。中村、山下、両先生のお話は、まさしく私の実践を確かにして下さったような、心から頷ける内容であった。
また、証言の内海先生のお話の中で、「大村先生は、わたしたちに社会で生きる力をつけなければならないという使命感を持ち、接していただいた。大村先生の手びきはわたしたちにとって、社会への導きのように感じた。」ということをお話された。生きる力を身につけるということは、言葉の力を身につけることであり、ありとあらゆることが手びきとなったのではないかと感じた。苅谷先生からは、「てびきを枠と考える人がいる。そういう時、『枠』というとマイナスのイメージしかないかもしれないが、ある種のスタイルを教えてもらったと感じる。様々に具体的なスタイルが身についた感覚がある」というお話があった。まさに、手びきは言葉の力を自覚的にとらえるものであり、スタイルという言葉が私の中に印象深く残った。実際、子どもの手を引くものとして私なりに手びきをつくっている。しかし、うまくいかない。広く一般に役立てるものとはわけがちがうようだ。ある一人の子を想定して作ってみると、なんだか、アイデアが浮かんでくる。手びきとはそのようなものであるのかもしれない。
 水戸部先生は、『国語教室の実際』の中の「目的をもって読むこと」について言及され、演習を通してそのことの重要性を説かれた。目的をもって読ませることは、言葉の力をつけることができるかどうかの分かれ目であるということが印象深く心に残った。
 本研究会を通して、子どもたちに言葉の力をつけることのおもしろさと難しさを同時に感じることができた。子どもが言葉の力を自覚するということは、教師がつけたい力を明確にもち指導することと言える。明日からの私の国語教室においても、子どもたちが言葉の力を自覚できるよう、全力で授業に臨みたいと心から思える会であった。
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# by ohmurakokugo | 2011-11-16 18:40
福岡大会 迫る
福岡大会に飛んでいこう

 本会大会としては初めての九州、と楽しみにしていた11月23日が近づいてきた。こぞって福岡を目指そう。
 準備の都合上、期日(11月4日)までに参加お申し込みを。お近くのご友人・ご同僚をお誘いになってはいかがだろうか。大会で学ぶことの価値は言うまでもないが、懇親会での交流の豊かさも味わっていただきたい。

 大村はま記念国語教育の会
   平成23年度大会【福岡大会】概要



期日 11月23日(水・勤労感謝の日)
会場  福岡教育大学附属教育実践総合センター
午前の部(受付開始・10時、開会・10時25分)
 開会行事
 研究1 苅谷夏子
 研究2 村井万里子
午後の部・本会総会 13時~
 実践研究発表 協議(飯盛直子・末成妙子・井上孝志)
 研究3 橋本暢夫
 講演  野地潤家
 展望  安居總子
 お礼のことば 前田眞證
参加費・2000円
懇親会・福岡教育大学生協食堂にて。別途参加費。

お問い合わせ 
委員長  前田眞證 0940(35)1278
事務担当 河野智文 0940(35)1281
     kawanot@fukuoka-edu.ac.jp

福岡大会を二か月後に控えて     
            大会実行委員長   前田 眞證 
第7回大村はま記念国語教育の会福岡大会が、11月23日(水)、勤労感謝の日に福岡教育大学で開かれます。あと二か月に迫りました。こちらの準備にも、幾分必死さがにじむようになりました。
 大村はま先生…私のように、大村はま先生の著書・論文、そして全集があったからこそ、中学校・高等学校の国語科教育法について、大学で講じることのできた人間には、格別の思いが湧きます。そして、大村はま先生に対する敬愛の念は、研究すればするほど大きなものになってきています。もっと大村はま先生の国語教育実践に迫りたいという願いは、いっそう強くなっています。
 むろん、大村はま先生の国語単元学習の意義は一朝一夕に理解できるものではありません。何百人という学者が数代かけて少しずつわかってくるという代物(しろもの)でしょう。しかも、大村はま先生の全実践、残された二千冊の国語学習記録は、研究するにしても、実践者として学ぶにしても、私たちに生涯をかけるか否かを迫る迫力に満ちています。
 大村はま先生がそのような存在であるだけに、私たち大村はま先生の謦咳に接した人間の責任もまた重いと言わなければなりません。大村はま先生の声も聞いたことがなく、授業を参観する機会にも恵まれなかった人たちに、大村はま実践がいかに私たちの国語教師としての人生を支えるものに満ちていたかを、自覚してもらう必要があります。そのためにも、まず私たち自身が大村はま先生の国語教育実践から普遍的なものを次々に発見しなければなりません。
 しかし、その道のいかに遠いことか。拙著『話しことば教育実践学の構築』(平成一六年刊)を書いているとき、大村はま先生の討議力の指導についてはあと10年すればかなり近づけるという思いを持てたものの、応答力・質疑力の指導においてはあと20年、発表力の指導についてはあと40年かけても近づけるかどうかという嘆声が消えませんでした。それでも、公刊した年の大晦日には、大村はま先生ご自身が、この書の礼状代わりにお電話をくださったのです。代わりに出た妻に、「いい本を出されましたね」と、おほめの言葉を下さったそうです。「少しわかりかけてきたわね。」ということだったのでしょう。
 私たちがほんの少しでもわかれば、大村はま先生は心から喜んで下さるのです。ですから、私たちは謙虚に一つずつ発見していき、実践によって確かめていけばよいのでしょう。この福岡大会も、そうした小さな発見を積み重ねる場になればと願っています。
 大村はま先生の名前を冠する会を開かせていただくことは、重荷にならないと言えば嘘になります。しかし、大村はま先生は、私たちがむしろ伸び伸びと、存分に発表し、少しでも児童・生徒のためになればよいと思われているでしょう。発表者も、発表題目も決まりました。遠方からおいでいただく県外の先生方を大歓迎するのはもちろんのこと、福岡県内や近県から来て下さることも、何よりの励みになります。先生方にお会いできることを心待ちにしております。
                  
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# by ohmurakokugo | 2011-10-13 13:31
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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