新たな年に
事務局も長めの冬休みをいただいておりました。あけまして・・・という挨拶は「いまさら」という時期になってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。

国語単元学習を開拓し続けた国語教師・大村はまについて、さまざまな面からアプローチして知っていこう、知らせていこう、というのが、この「大村はまを知る窓」です。大村はま記念国語教育の会の会報「はまかぜ」のネット版です。これからもご愛読いただければ幸いです。


2010年11月13日に開催された第6回となる研究大会「埼玉大会」の報告の続きを、まずは掲載したいと思います。午後の部、実践研究発表の③高等学校からです。

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古典単元「『競べ弓』からの追跡
教科書教材の学習に「比べ読み(速読演習)」と「プレゼンテーション」を連結させる試み
       埼玉県立秩父高等学校 諸 井 雅 子                 
 教科書教材の学習に、応用として「比べ読み」を「速読演習」の形で入れ、その「比べ読み、(速読演習)」の結果をプレゼンテーションを通してクラス全体で共有するという構成になっています。古典文法がある程度身についた2年生の段階では、それを活用して長文をどんどん読んで理解できる力を身につけさせたい。しかし生徒の実態を見ると、習った文法がフルに活用できていない、途中で主語が分からなくなる、主観的な読みになるため話の概要を取り違える、古文の世界が身近でないので話をつなぐための想像力が働かない、といった様々な弱点があるわけです。こうした状況を踏まえて、主観に頼らないで、根拠を持って正しく速く概要をつかむ力を身につけるための単元を組もうと考えました。これが単元設定の理由です。「根拠を持ち、正しく速く概要をつかむ力」に特化させた単元を組んだということです。

 また、小集団による「比べ読み」を「速読演習」の形で入れ、その結果をプレゼンテーションさせたわけですが、狙いは2つあります。1つは自分の読みと他者の読みを対峙させることで、長文速読における自分の弱点を意識化させ、根拠を持って読むやり方そのものを学ばせたいということです。2つ目は教科書教材と関連教材の対比、そしてそのプレゼンテーションを通して作品による視点の違いに気づかせ、古典の世界の奥行きを学ばせたいということです。

 学習目標は、
1つ目は古文の速読力、つまり主観で読むのではなく文法をフルに活用し、根拠を持って正しく速く概要をつかむ読み方、以下「速読」と言いますけれども、それを学ぶこと。
2つ目に比較対照として他の文章、以下これを「追跡文」と呼びますが、これを問題意識を持って主体的に読むこと。
3つ目に小グループでの話し合い、「集団速読」と名づけているのですが、これを通して自分の読みの弱点を知り意識化すること。
4つ目に、比べ読みとプレゼンテーションを通して、作品による人物像や視点の違い、そしてその理由について根拠を踏まえて考えるということです。

 自分たちが追跡したい人物が描かれている文章を、「大鏡」、「栄花物語」、「小右記」、「枕草子」から用意した11の文章の中から1つ選びます。
 この「追跡文」の「速読演習」は大きく2つの段階に分かれています。第1段階は「1人読み」です。自分1人でできるだけ速く、目標25分以内で読んで設問に答える。第2段階は、それを踏まえて班ごとに行う「集団速読」です。班内で話し合いながら自分の読みを他者とぶつけ合い、できるだけ速く概要の完成稿を作る。最後の段階は、こうやって読んだ自分たちの「班の読み」のプレゼンテーションです。生徒達の原稿から「追跡文」が根拠を踏まえてしっかり読めていると感じました。生徒達は本気になってプレゼンテーションに臨みました。


明日は、この発表に対するフロアからの発言、発表者からの回答を掲載します。
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# by ohmurakokugo | 2011-01-12 20:47
埼玉大会 実践研究発表 その2への意見
前回は埼玉大会での実践研究発表のうち、埼玉大附属中学校の福田先生の実践をお伝えした。今回はそれに対しての質問や感想をご紹介したい。

滝口先生(千葉大学教育学部附属中学校)
 単元の終末で、実際の雑誌記事を見せたことの意図と効果は、どのようなものであったか。
 先生が提示された言葉だけの情報がある。それをもとにして、レイアウトとして情報を整理している。その上でもとになった実際の雑誌記事を見せることによって、子供の達成感が削られてしまった可能性があるのではないか。
 実際の雑誌情報は、レイアウトの工夫はあまりなくて、上のほうに文章、下のほうにそれに関するビジュアル的な資料があるというくらい。例えばこれをゴールにするのであれば、示した文章を語り口調で小さい子に分かるように書き換え、その下のほうには、それに分かるような図などを入れてみようという終点が分かったほうが、乗り越える方向と高さが子供達に理解できたのではないか。その観点で言うと最後にこの情報を見せたことの意図と効果はどのようなものであったか。

福田 
 最後に生徒に感想を書かせたときに、自分達が考えたほうが分かりやすかったというような感想もあった。特にビジュアル的な部分については、確かに実際の雑誌のほうがいい写真などがあったが、、生徒はここに写真が入ったほうが効果的だというところに留まっておりました。
 タイトルなどでは自分達が考えたほうが分かりやすかったということがあった。ご指摘の通りプロの仕事として紹介したことで、生徒としては納得いかない部分があったかと思う。
 実際の雑誌を参考にすることによって、子供達のまとめる力、表現する力を高められるのではないか。自分達が日頃行っているレポートの書き方や新聞の書き方で得るものはないかという考えでいた。ご指摘いただいたように子供にとってうまくいかなかった部分もあったかと思う。

藤井先生(岩手大学教育学部)
 既習の学習材が二つあって、論理的な思考ということを念頭に置くのであるならば、事実と結論と、事実と結果と考察という論理関係が、発展としては必要なのではないか。福田先生がなさっていることは、今日のエディターということで言えば、要約して一つにまとめる。問題関心は自分達の中にあったのではなくて、すでに学習材として提供され、そこから出発した上で、どうまとめていくのかという学習にはなっている。つまり、伝えたいことを整理するという書き手は、自分なのか、それとも雑誌や新聞を書いている人達なのかというところに、ずれが生じていないかということですね。 自分が書き手として材料を収集して、論理関係を構築するのだったらば、一つの筋は通るのだけれども、人様のものを編集する活動であるなら、読み手を意識して書き手であるという意識はどうなるかというところに課題点があるのではないかという感想を持った。

 大会当日は時間も限られていて、議論はこれ以上、その場では難しかった。しかし、ここには大村はま記念国語教育の会の仲間としてはじっくり議論したいことが示されているように思う。
 ここからは、当サイトの管理人の私見であるが、大村はまがこの場にいて、この問題について発言したなら、何というだろうか、と考えて、述べてみたい。

 まず、「生徒が文章を元にレイアウトを工夫したあと、プロの編集ぶりを見せる」というのは、生徒の達成感を削ぐのではないか、というご意見について。
 大村はまにとって重要とされた視点に「優劣のかなたに」がある。優だ、劣だと比べるような隙のない、つきつめた学習を目指すことばである。これにたいし、本会倉澤会長が、「むしろ優劣のど真ん中に、と言っていいのではないか」と発言なさったことがある。大村教室の二つの側面をお二人がずばりと表現なさっているように思われる。大村先生は、より深い理解、より興味深い事実、より鮮やかな表現などを追求するとき、これより、これのほうが、この点が優れている、というような判断を非常に冷静に、適確になさった。それをわざとぼやかすようなことはなかったように思う。より良いものを求めたとき、優劣の判断は的確にくださざるを得ない。そういうクールな判断をびしびしと繰り返すことがちっとも人を見下すことでも、認めないことでもなく、勉強仲間にはそういう姿勢は欠かせないものだということを、大村先生は生徒に繰り返し見せていたと思う。
 福田先生の実践の話に戻そう。生徒は文章情報をどう紙面に構成するかという作業をする。グループで話し合いながら、工夫を重ねる。ようやく仕上がった後、プロの構成を見せられたとき、大村教室の生徒なら、生き生きとその対比を受けてたち、「ああ、そうか、ここはこんなやり方があったか」「ここの部分について、どうしてこうやったのか、聞いてみたいなあ」「この部分は、自分たちの案の方がいいと思うなあ」などと、同じ課題に向き合った者ならではの感想を持っただろう。福田学級でもそうだったのではないだろうか。それは「答え合わせ」などではなく、もっと意味のある比較である。プロに対して、ただひれ伏すのでもなく、かといって、盲目的に自作こそ一番良いと主張するのでもない。細かく、具体的に、仕事ぶりを比較する。すると、さすがにプロはすごい、と実感することも多い。上には上がある、ということが実感される。と同時に、それが届かないほど上でなく、工夫次第では届きそうな気もしてくる。そういう対等な比較こそが、生徒を育てたような気がする。

 今日はここまでとしたい。
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# by ohmurakokugo | 2010-12-21 23:18
埼玉大会の実践研究発表 その2
埼玉大会で発表された三つの実践研究のふたつめ、中学校での実践を報告する。この日、午前中に千葉大学の寺井正憲教授が、エディターシップという切り口から大村はまの実践を捉え直す研究をご発表くださった。ここで福田さんが今回着目なさったのも、情報をただ受け取るだけでなく、編集して出す、という取り組みで、論理的思考力を育てようという試みだった。

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研究テーマ 実生活で生きてはたらく言語能力の育成を目指して
~ 論理的思考力を育む学習指導の工夫 ―情報を編集して伝える― ~ 
埼玉大学教育学部附属中学校 福 田 隆 賢


 私達は日々膨大な量の情報に囲まれているが、得た情報はすべて誰かによって編集されている。それは情報を受ける我々をひきつけるためであったり、重大性を強調するためであったりする。生徒達は膨大な量の情報に出会っているが、その情報が誰かによって編集されているという意識は低い。ここでは小・中学生向けに作られた雑誌を題材に、情報を分かりやすく伝えるための工夫―タイトルや小見出しの付け方、文章構成、レイアウトの工夫、文章以外の情報の捕捉など―について学習した後で、「文章を雑誌記事へと編集する活動」を通して情報を効果的に活用することとはどういうことかを理解させる。そのうえでその力を高めていきたいと考えた。

 生徒達は、説明的文章は難しい、書いてあることを理解するのに時間がかかる、面倒だという。そこで思い出したのが「文章で記述されている内容を自分なりに図解してみる」という、「新聞勉強術」という本の中の一節だった。図解をするために「知らなくてはいけない部分を見つけて整理すること」は、「内容を分かりやすく理解すること」につながっていく。また、「表現(図解)することを考えること」は「相手意識をもって伝えることの大切さを実感できること」につながっていくと考えた。そのことが今回の単元を考えた原因になっている。

 単元の目標は①すすんで情報を整理しようとする、②適切な情報を得て、それを理解し、自分の考えをまとめることができる、③対象や目的に応じて文章の形態や展開に違いがあることを理解できる、である。

 指導は4時間扱い。1時間目は学習の流れを知り、見通しを持つ―「情報はどのように編集されて雑誌に掲載されているか」について考えた。まず「編集」を意識するために雑誌の前に新聞の比べ読みを、―第一時間目の授業の前日が中日ドラゴンズが日本シリーズを決めた日でした―、スポーツ紙、各一般紙を持ってきて捉え方の違いについて確認した。その後、雑誌から選んだ記事、「日本の食料自給率の減少について」を文字だけにして、生徒に配布。読みながら、この辺は具体的なデータになるとか、この辺はこの文章の最も言いたいところではないか、などというところを確認した。その上で、もとになっている実際の雑誌の記事を読み、情報の見せ方の工夫について確認した。編集することで最も伝えたいことはどのような形になっているか。問いの形になってタイトルになっていたり、あるいはその答えは見出しとして解説文の前に表示されたりしている。図表やグラフや写真などが挿入されていることもある。また分かりにくい専門用語はどのように扱われているか、そしてレイアウトがどのように工夫されているかということについて考えました。

 2時間目には雑誌「ジュニアエラ」のその他のいくつかの記事を配布して、どこに工夫が感じられるかどんな点が魅力になっているかグループで探し出す活動を行った。生徒は主にビジュアル面の工夫に着目して、グラフや図の効果的な活用や写真、キャラクターが生かされているなどに着目していた。

 3,4時間目には、編集会議で雑誌の紙面構成を考えるという学習活動を展開した。一時間目と同じように文字だけで表された文章を配布し、それをまず個人で紙面を考え、その後グループで検討するという活動を行った。グループで一つの記事を作成するということで、役割を決め、編集長が進行役となり、記録係がアイデアをまとめるということで、付箋等を使いながらまとめた。まず伝えたいことは何かを捉え、根拠は何か、データやその他の資料となるものを考える。レイアウトをどのようにすれば、見やすく分かりやすくなり、速く読むときに効果的かということを考えた。ここで強調したのは読み手、読者をしっかり意識すること。ざっとしたレイアウトと見出しなどを考えるところまでで終わり、細かい文字まで入れることをしなかったが、ただ項目を羅列したような個人の案に対して、検討を経たグループ案はタイトルを工夫したり、内容によって分けたり、ここにグラフが入るかいう予測を立てたりしたものになった。

 グループ案を最終的に完成した上で、最後にもとになった実際の雑誌の記事と並べて、写真や図表、文章との関連、役割、レイアウトなどについて考えたことをまとめさせた。自分たちのレイアウトしたものとプロの編集者が作ったものとを比較し、気づいたことを発表した。視線の流れやタイトルをつける工夫について気づく生徒も出た。

 生徒たちは意欲的に学習に取り組みんだが、雑誌というメディアの特徴のうち写真、グラフ、イラスト等の視覚的なものを「分かりやすく伝える工夫」と捉えるものが多かった。情報を効果的に活用することがイコール単純化することでないことは、授業内で確認できたが、情報活用については今後多くの実践を積み重ねて、論理的思考力を育む指導に適しているかということを検証していく必要があると考える。
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# by ohmurakokugo | 2010-12-17 21:05
実践研究発表へのコメントと指導 
引き続き、埼玉大会から。
実践研究発表の一つめは、三俣小学校の江利川哲也教諭の「浮野の里」のガイドブック作りの単元だった(既報)。今回は、その発表に対してのフロアからの発言と、桑原隆・早稲田大学教授のご指導を紹介する。


藤井先生(岩手大学教育学部) 
 小学校の実践は、地域教材を学習材化したことで、単元としては大変面白い内容だということには敬服したが、単元学習を一般の先生達に深く理解していただける点において難しさがある。
 一つの単元の中で、ガイドブックや内容の作り方や調べる方法を学ぶということで時間を取っている。今までの既習の学習においてつけてきた言語能力に負わず、ここの部分で時間を食っているから内容の検討部分が手薄になってしまう。先日、全国大学国語教育学会の発表で、大村先生は意見文をたった四時間で書き上げさせているが、そのためには、それまでの綿密なカリキュラムの構成にあったという発表があった。そういうことがカリキュラムの問題と絡めて単元提示されると、先生たちはなるほどこのように仕組まれているのかということで納得してもらえるのではないか。そうでないと素材の面白さで、単元の理解がとどまってしまうのではないかということが惜しいという感想を持った。

指導・桑原 隆 早稲田大学教授

 江利川先生の今日の提案は、学校近くの浮野の里というローカルな視点を元にした単元。こういうローカルな視点は、もっとこれから単元を発掘できるのではないか。教科書には盛り込めないので、その地域のローカルなトピックや資料を発掘してほしい。
江利川さんの単元の特徴は、苅谷さんから手紙が来たという一つの演出的な単元設定かもしれない。子供がそれをきっかけに学習意欲を喚起され学習に進んでいったという学習の実の場作りの一つだろう。かなり子供達が、それに応えようとして浮野の里を調べたということで、実の場の一つの作り方を示唆している。
 子供達は自然科学的な分野はだいたい目に留まる。社会科学的分野にも少しずつ関心が向く。ところが人文科学的分野は、なかなか子供のほうからは興味関心、話題が聞いても浮かんでこない。したがってそのへんは先生から誘ってあげる必要がある。その一例をいえば、例えば浮野の里や埼玉県の地方に伝わる民話や昔話、伝説も教材にしてほしい。
学習過程の中で地域の人へのインタビューも取り入れている。出来上がった作品を苅谷さんに渡したり、他地域の小学生に送って読んでもらう報告もあった。一つの教室の中だけでなく、地域に住む人、年齢を超えた人との出会いやコミュニケーション、更には他の地域の小学生とのコミュニケーション、これは私自身の造語で「異間コミュニケーション」と呼んでいる。そういうものがこれからの国語教室、あるいは言葉の力を伸ばす上で必要だろう。その点、ガイドブックの単元の中でインタビューを取り入れて、その仕方なども指導していることは共感した。

大村はま記念国語教育の会への
          ご入会を歓迎します

年会費は4000円(入会金不要)。 年一回の研究大会を開催。そのほか小さな研究会も随時各地で開催しています。会報「はまかぜ」を年3回発行。研究会の記録、お知らせ、会員による大村研究、実践記録、大村はまや国語教育などにまつわるエッセイなどを掲載。
関心をお持ちの方は下記の本会事務局までご連絡を。

大村はま記念国語教育の会事務局
 hokokugo@gmail.com       

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# by ohmurakokugo | 2010-12-15 21:16
埼玉大会 実践研究発表 その1
ひきつづき、埼玉大会の報告です。
大村はまは、生涯を通じて、「実践」を大事にしていました。子どもを実際に育てるのは、理念や理想や理論ではなく、それらが実践という形であらわれたときに初めて力になるのだと考えていました。教員同士の研鑽も、理屈の言い合いでなく、あくまで、実践を重視しました。
ということは、埼玉大会の中心も、この実践研究発表であるべきです。じっくりお伝えしたいと思います。今回はその1です。

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児童が生き生きと活動する国語の学習
        ~書く力を高める学習指導の工夫~
                埼玉県加須市立三俣小学校 江 利 川 哲 也
 
 三俣小学校の学区には「浮野(うきや)の里」という場所があります。その特殊な地形やそこにある珍しい植物、昔ながらの田園風景、生活の様子を県の天然記念物、緑のトラスト保全地にも指定されているところです。浮野の里はその名の通り、浮いている土地です。かつてキャサリン台風で洪水があったときに、その一帯が水に浸ってしまったのですが、浮野という地形の場所だけ、島のようになって浮いていた。そこから浮野という地名がつきました。本実践では地域の宝である浮野の里の魅力を、他の地域の人々に伝えるという学習を通して、文章の書き方や書く事柄の収集・整理の方法をしっかりと身に付けさせ、児童の書く意欲を高める学習指導の工夫に取り組んでいくことを目指しました。主な力として「情報の収集」「情報の整理」「収集した情報を自分の言葉で書く」という力、それから自分たちの地域にはこんなに素晴らしいところがあるのだということを子供達が誇りに思うという力を身につけさせたいと思い、実践を進めました。
 児童が単元の最後まで意欲を持続し、学習に取り組むことができるように、単元=教材との出会いを工夫しました。この大会の準備会で苅谷さんとお会いする機会があり、浮野の里を紹介する実践に取り組みたいというお話をしますと、浮野の里についてもっと知りたいと「6年1組のみなさんへ」という手紙(下記)を送ってくださいました。子供達に実際に手渡すと、この手紙を児童は集中して読みました。活字で打たれたA4一枚びっしりですので、普段ならこの文面を見ただけで読む意欲を失ってしまうことが多いのですが、今回は、普段は読めない漢字を質問しに来ないような児童も、わざわざ聞きに来て、全員が長い手紙を最後まで読みきりました。この手紙をきっかけに今後の授業に対する具体的な目標ができて、高い意欲を持続して学習を進めることができました。また手紙を詳しく読み取ることで、苅谷さんの知りたいことが分かり、調べる課題を明確に持つことができました。
 学習としては、地形、植物、動物、地蔵、産物などテーマ毎にグループにわかれ、多くのテーマをカバーできるように、あらかじめ豊富な幅広い資料をそろえておいて、それぞれ調べ学習をしました。あるグループは地元を良く知り、浮野の里の保全活動をしている方にインタビューをしました。学習が進む過程で隣のクラスの担任からも新たな資料の提供があり、児童が実際現地に行ったりして新たな資料や新聞記事を付け加えたりして、さらに資料が充実しました。
最後に、ガイドブックという形でクラスで一冊にまとめました。実際に苅谷さんに三俣小に来ていただいて、ガイドブックを渡すことができました。今までにない学習をしたという満足感と、また自分達で作ったガイドブックへの自信、どんな感想が帰ってくるだろうか、という期待が感じられました。三日後の感想の手紙が届いたときのそれに対する児童の反応もいきいきとしたものでした。
 時間の制約、また紙面の制約が大きく、せっかく調べたことを十分に形にできなかったことが問題と思っています。


 「六年一組のみなさんへの手紙」 
 終わらないかと思ったあの厳しい夏も、なんとか去ったようですね。今年の秋は、とりわけうれしい気がします。みなさんも、きっと涼しい空気を深呼吸して、張り切っていることでしょう。
 夏の終わりに、わたしはあるところでみなさんの先生、江利川哲也さんにお会いしました。初対面でした。「暑くて、参ります」なんていう会話をしても、なかなか固い雰囲気は破れず、江利川さんの顔にも緊張が浮かんだままでした。ぎこちなさが、わたしたちの間にしばらく漂いました。
 ところが、です。みなさんの地元の「浮野の里」のことが話題に上ったとたん、江利川さんの口調が、明らかに変わりました。「浮野の里」のことを全く知らなかったわたしに、なんとか少しでもうまく、魅力的に、手際よく、この特別な土地のことを知らせようと、江利川さんは、むきになったのだと思います。ことばは、いかにももどかしげに、熱心に、自信をもって発せられました。江利川さんの顔つきまでが、変わったかのようでした。急に空気がいきいきと変わり、数人の聞き手が前のめりになりました。
 地形の特殊性、地名のこと、「乗っかって、ジャンプすると、浮いた感じがわかる」ということ、温度の低さ、生息する動植物のこと、この土地の価値に気づき、保存に私財を投じたという橋本さんのこと。たくさんのお地蔵さんのこと……。
 わたしは、もっともっと聞きたいと思いました。浮野の里という地名そのものが、物語を持っているように感じました。浮野に行って、自分でジャンプしてみたいものだと思いました。それは、どんな感触でしょう。地面に指を差し込んで、温度を探ってみたいと思いました。他の地面と違いを感じるんでしょうか。橋本さんという方にも心を引かれます。直接お話をうかがったら、さぞ興味深いお話が聞かれることでしょう。橋本さんのお人柄そのものを知りたい気持ちになりました。
お地蔵さんのことも驚きました。わたしは千葉県習志野市に住んでいますが、四十年くらい前までニンジン畑が広がっていたわたしの地元では、めったにお地蔵さんは見かけません。よく考えてみても、家を中心にして半径1キロの範囲にお地蔵さんはいません。半径2キロでやっと、あっちに一体、こっちに一体、と思い出す程度です。たくさんのお地蔵さんがまつられている地域には、みなさんの先祖のどんな思いが残っているのでしょう。
 江利川さんは、二学期にこの「浮野の里」について、三俣小学校六年一組のみなさんと学習する予定なのだとおっしゃっていました。みなさんが調べたこと、わかったこと、感じたことをまとめたら、どうか読ませてください。心から期待しています。必ず一生けんめいに読んで、感想を書きますから。私の知り合いの横浜の六年生たちにも、読ませてあげてください。どれほど興味深く読むことでしょう。
 なにかを自慢するということは、あまりよくないことのように言われがちですが、地元の大事なものの自慢は、すばらしいことです。手加減する必要はありません。うんと調べて、うんと自慢してください。待っています。
 小学校最後の秋が、忘れられない秋になりますように。お元気で。
                                             苅谷 夏子
 
   三俣小学校六年一組のみなさん



 「手紙」について                  苅谷夏子 
 この手紙を書くきっかけになったのは、埼玉大会の準備会で出会った江利川先生の困惑を見たことでした。三俣小では毎年、6年制が総合的学習で「浮野の里」の研究をしている。地域の宝であることは確かだが、それが子どもの本当の興味に発したものになっていない。何か、突破口が欲しい・・・
 それで、おせっかいな手紙を書きました。私は大村教室で、また晩年の大村先生の手伝いをする過程で、「てびき」が生まれる場面、「てびき」が受け取られる場面というのを、たくさん目撃しています。それは、決してピリピリとした神経質なものでなく、人が人に手渡す、ごく自然な、体温のある、誘いのことばだったと思っています。それを真似てみようと思ったのが、これです。これは、手紙ですが、てびきでもあります。
 手紙に書かれている私の興味、好奇心は、演技ではないという点は強調したいと思います。この手紙は、空々しいお芝居ではない。本気で書いています。私の本気が、子どもたちを点火することを、願いながら書きました。それは、私のよく知っている大村先生の姿勢であると感じます。
 実際に、子どもたちに火がついたようで、それは嬉しいことでした。クラスを訪れて「ガイドブック」を手渡されたときにも、彼らの期待と自負と、関心を共有する者同士の親しさを感じました。「ガイドブック」への細かい感想を送りましたが、それが届くことを心待ちにしてくれたそうです。さもありなんと思います。
 けれども、課題はたくさんあると思います。せっかく地元自慢をしているのに、やはりネットから得た情報がどうしても多くなりがちなこと。実際に自分の目で確かめたことを書きたい、という姿勢が確立されていないこと、等。それでも、勉強を火がついた状態ですることを味わった子どもたちは、進んでいくのではないでしょうか。期待したいと思います。


 次回は、この発表に対してのフロアからの発言と、桑原隆・早稲田大学教授の指導を掲載します。
  
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# by ohmurakokugo | 2010-12-11 11:08
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
by ohmurakokugo
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