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大村はまのことば ―ことばを身につける―
 この場合はこう言うか、何と言うかと、問題集のようなやり方では、生活の中に生きていて、生きた人の息づかいとか、顔つきとか、そういう雰囲気をきちんと受け取ってものを言うということが、なかなかできるようになりそうもありません。・・・単元学習のなかで、いつとなく、勉強らしくなく、生活的に身につけさせていかなければいけないだろうと思っています。
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by ohmurakokugo | 2012-07-17 07:59
大村はまのことば  ―作文の題材さがし―
 先生が、生活の中から、これこそ書く価値ありという題材を探して見せなくては、と思います。…実際に拾って見せてほしいのです。昨日一日の中で書くことがあるとすればこれだ、と見せてほしいのです。…取材の指導というのは、取材のしかたをことばで教えるのではなく、具体的に拾って見せなければ、子どもはのみこめないと思います。拾って見せればかなりわかると思います。
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by ohmurakokugo | 2012-07-13 08:15
大村はまのことば ―話は一度で聞く―
 「話は一度で聞くこと」をモットーにしているとき、絶対に言ってはいけないことばは、「さっき言ったじゃないか」、そして、忘れてならないことは、自分が一度でわからない話をすることがあるにちがいないということだと思います。
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by ohmurakokugo | 2012-07-12 09:50
大村はまのことば ―片時も忘れてはならないこと―
 どういうことばの力を持った人にしなければならないという、したいという、そういう目標が確立していなければならないとほんとうに思っています。いろいろくふうしますけれども、くふうするためにやっているわけではなくて、私が精一杯考えた子どもたちのこれからの世界で、私たちを乗り越えた世界で、どういうことばの力があればいいかということです。それはこういう一つ一つのことばとは限りません。聞くでも、話すでも、・・・どういうことができればいいのかということを、それこそ片時も忘れてはならないと思います。いろんなくふうというのは、それを達成するためにいちばん大切なことを考えてのことで・・・。
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by ohmurakokugo | 2012-07-11 17:03
大村はまのことば  ―聞き手を育てる―



 話を聞いている間は、あとで何を言おうかと心配したり、とくに、あら探し的な心の動かし型をせず、ゆったりと聞き入るようにさせたいと思う。心から聞かせたいと思う。そういう聞き手が多くてこそ話し手の成長もあると思う。よい聞き手を育てることは、よい話し手を育てるために必須のことである。






大村はま記念国語教育の会への
          ご入会を歓迎します

 年会費は4000円(入会金不要)。 年一回の研究大会を開催。そのほか小さな研究会も随時各地で開催しています。会報「はまかぜ」を年3回発行。研究会の記録、お知らせ、会員による大村研究、実践記録、大村はまや国語教育などにまつわるエッセイなどを掲載。
関心をお持ちの方は下記の本会事務局までご連絡を。

  大村はま記念国語教育の会事務局
     hokokugo@gmail.com    

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by ohmurakokugo | 2012-07-10 16:43
大村はまのことば 37
評価について

 評価は大事。評価についての考え方が変われば、教室が変わるでしょう。

 (テストの)点数が悪いと騒ぐけれども、これはほんとうに力を測ることのできる問題なのか。たとえば、鑑賞力みたいなものを、今行われているような形で試験できるものなのか、そういうことをきちんと議論して、方向を決めていくということがなくなったのではないでしょう。




 本年度の研究大会は
     「千葉大会」 
          2012年12月1日

      千葉市に集まろう

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by ohmurakokugo | 2012-07-09 16:09
福岡大会 その7
ひきつづき、福岡大会の参加者の感想を。

〔感想〕大村はま記念福岡大会に学んだこと
             ―国語学習記録を中心に―
                     福岡教育大学初等国語 池田奈緒美
 

 「国語学習記録」のような学習記録を使った授業は、大学の様々な授業で行われている。学生である私も、分かりやすく綺麗なノートを作成するべく、授業後や学期末には必死になって取り組んでいる課題だ。そんな身近な題材の「国語学習記録」だが、私は今回、「大村はま記念国語教育の会研究大会」でそれには本当にたくさんの意図があることを知った。

 学習記録はただのノートとは違い、それだけで作った人の学習過程、身につけた力、考え方など全てを体現することができる。自分で授業を聞いて書き、考えてまた書く。主体的にならなければ決して良い学習記録は生まれない。それが板書ノートとは根本的に違うところだ。そうやって板書ノートとはくらべものにならないほど厚みも深みもある学習記録の全てに大村はま先生は一言二言心に響く言葉を書かれていたらしい。大学で作成し、提出した学習記録でも、先生から何か書いてあったら、自分の頑張りや取り組みが認められたようでうれしい。まして中学生だったらなおさらだろうと思う。また学習記録は子供の理解の実態をつかむことができるだろう。作文指導・表現の指導は子供の理解の実態をつかみ易く、私のような教師を目指す人には比較的取り組みやすいと大会で村井万里子先生が話された。私は、同時に学習記録も同じことが言えると思った。

 
 学習記録一つが、まとめる(構成する)力、思考を深める力、書く力を育てる事、教師と生徒が個別に対話する事、生徒の実態をつかむ事など、これらの意図が全てつぎ込まれたものだとは思わなかった。純粋に大村はま先生はどうやってこのような総合的に適した指導法を思いつかれたのか不思議に思う。
 

 これから教師を目指す上で、大村はま先生は最も尊敬すべき先生の一人だ。でも私は彼女に教わったことはなく、具体的にどうしたら良いか、想像がつかない。著書を読むだけでは指導法をまねしているだけで、子どもを見据えた授業の実態は見えないままだと思う。しかし、苅谷夏子さんをはじめとした大村はま先生に教わった人々の話を聞いてイメージを持つこと。今回のような様々な研究を知って知識を蓄え、私自身も考えること。そういう学びが私のような大村はま先生を実際に知らない学生にとっては重要だろう。今回のような大会は彼女を具体的に学ぶ大切な機会だった。こうやって大学生の時から彼女について触れ、学び重ねて、いつか私も大村はま先生のような子ども主体の授業を作れるような教師になりたいと改めて思った。
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by ohmurakokugo | 2012-07-08 11:18
福岡大会 その6
 昨年11月に開催された大村はま記念国語教育の会研究大会【福岡大会】に参加した若い大学院生に、感想を寄せていただいた。

「生きたことばがもつ力」 
                   福岡教育大学大学院 岩崎 勇太
 

 昨年の11月23日に開催された大村はま記念国語教育の会研究大会は、私にとって感動と学びとに満ちたものでした。以前から憧れを抱いていた先生方や現場の最前線でご活躍される先生方のご発表を拝聴し、多くのことを学ばせて頂きました。

 私自身はこれまで大村先生についてとても不勉強で、今学会に臨むにあたって苅谷夏子さんの『評伝大村はま』『優劣のかなたに 大村はま60のことば』から大村先生の人生と実践の一端とを学ばせて頂きました。そこに描かれた大村先生は、それまで私が知っていた栄光に満ちた実践家としてだけではなく、時代や環境や何より自分自身とたたかう人として生きておられました。

 私はこれまで、大村先生があれほどの実践を残すことができたのは、教育現場が今ほどは慌ただしくない時代の中で、優れた実践家としてそれ相応の環境を与えられたからこそ可能だったのではないかと考えていたところがありました。無論そういう面も全くなかったわけではないでしょうが、そういったものが全く問題にならないくらい、大村先生の進まれる道には多くの障害があったということを知りました。そして、大村先生はそれらとたたかい乗り越えただひたすらに「ことばを育て 人を育て」る喜びを追求しておられました。今日の教師をとりまく状況に悲観的になるばかりの自分がとても小さなものに思えました。

 学会が終ったあと、苅谷さんとお話しする機会を得ることができました。目を開かされるようなお話はいくつもありましたが、中でも特に私の心に深くしみわたったお言葉があります。
 私は苅谷さんに、「話し言葉を磨くためにはどのようなことをすればよいでしょうか」という趣旨のことをお尋ねしたのですが、それに対して苅谷さんは大村先生が取り組んでおられたことをいくつかご紹介してくださり、最後に次のようなことを話してくださいました。
 「話をするとき、自分の中に最初に出てきたことばをぐっと飲み込む。そうすると、ことばが息を吹き返しますよ。」
 「ことばが息を吹き返す」―このことばを聞いて、私は目の前にあった霧が晴れていくような感じを覚えました。

 私たちは自己の内面をしっかりととらえ、その価値を認めることで、はじめて心の安らぎを得ることが出来ると思います。私たちが暮らす社会はいつからか、そういった個人の内面の多様さを許さない程、客観的な基準が絶対化されています。そしてこのような時代の病は私たちが向き合う子どもたちをも確実に蝕んでいます。この病を克服するのは、私たちが自分自身のまた他者の心の本当のありさまをとらえようとするときに生まれる〈生きたことば〉の他にないような気がします。

 「ことばは人そのもの」―大村先生は生前そのようにおっしゃっていたそうです。このことばが意味するところは、今日の教育現場においてますますその重みを増してきているように思います。
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by ohmurakokugo | 2012-07-06 15:32
  

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
by ohmurakokugo
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