福岡大会 その5
大村はま記念国語教育の会 研究大会
    【福岡大会】


〔講演〕
大村はま先生の歩まれた道
            野地 潤家

 大村はま先生がご退職されてまもなく送って下さった「私の単元学習の歩み メモ」(昭和五五年五月三日の日付がある。全集第一巻「私の研究授業一覧」のもとになったもの。)には、ご自身の国語単元学習への取り組みが克明に記されている。この記録(資料)は、私たちがこれから次々に新しい工夫をしていくことができる礎となっている。

 大空社のビデオ「大村はま創造の世界」の付録『大村はまアルバム』には、18の珠玉のことばが記されている。この選択に相談に乗ったこともあって、紹介させていただく。(一部略)

①ことばを育てることは/こころを育てること/人を育てること/教育そのものである。
②話しことばは、そのひびきのなかにこそ、その人の心をきく。
③一つのことばを知ることは一つの人生を知ること。
⑤「努力すれば、どんなことでもできる」そういうふうな言い方は、人間や人生の真実が見えていないんだな、と思います。
⑥子供にとって/何が幸せといって/一人でしっかり生きていける人間に/育てられることぐらい/幸せなことはない(以下略)
⑦たくさんのむだをしなければ、/ひとつの玉を拾うことはできないのです。
⑧「しかられ上手」というとおかしいかもしれませんが、いろいろなことをズバリと言っていただきやすい自分になっていること。
⑨優れたこどももいる、まだそれほどでもない子どももいて、どの子もその子なりの成長をしている。(中略)(優劣を)忘れて一生懸命やっていくところに救いがある。
⑭みんながみんな、自分の力のいっぱいに、安心して、焦らず、努めている姿。
⑮ありあわせ、持ち合わせの力で授業をしないことです。何かを加えて教室に入り、何かを得て教室を出る(ように)。
⑯深い感動があるからといって、それがそのとおりに人に言えるというものではない。
⑱「先生」そう呼ばれるのに足りるだけの人に。/「教え方」、「教え方」というが、「何」を教えるのか、その「何」がなければどう教えてもだめなのではないか。

次に苅谷夏子氏の『優劣のかなたにー大村はま六〇のことばー』(筑摩書房)から一部紹介したい。

○話しことばの世界にどういう自己開発の瞬間があるかを悟らせたい。
 話し合いは、ただの形式的な手続きではない。生きた人と人とが貴重な生命の一こまを使って打ち合っている時に、不思議な科学反応のようなものが一瞬起こって、一人でどんなに考えても出て来なかったなにかが、生まれてくる。それゆえ、一刻一刻変化していく話し合いの中で自らの考えを変化させながら、話し合いに積極的に参加するよう誘っていく。
○話し合いは悪い癖がつくと盛り返すことが不可能になる。テーマは線の太いものがよい。かげやくもりがなく、全員が異なる意見を持てるものがよい。たとえば、幾分平易な「短編に副題をつける、案を一人一つずつ出し、その中からよさそうなものを絞りこむ」などがよい。そして、黙っていられないという雰囲気をつくっていく。

最後に、『大村はま先生に学びて』(広島大学国語教育研究室、復刻版は渓水社)から府立高女で教わった山形静枝さんの「一番好きだった大村先生の国語」を掲げる。
「時間のはじめに、さあ、これからと思うと胸がふくらむようでした。引き締まった教室の空気の中を落ち着いた先生のお声が流れるー。そして、黒板には、今も目に残るきれいな白黒の文字、熱心で巧みな授業に流れにのって、ぐんぐんとその課の内容にひき込まれてゆく・・・。一時間が終わるごとに、私は何かがぎっしり胸の中に満ちるような気持ちでした。(中略)感じ易い年代に、本気で、これほど素直に人のことばを受け入れる体験をもたせていただいたことは、得がたい幸せと思っております。」

大村はま先生の歩まれた道には、私たち国語教育に携わる者の永遠に学んでいくべき実践と提言があふれている。    (文責・前田眞証)
[PR]
by ohmurakokugo | 2012-06-23 20:19

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
by ohmurakokugo
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
全体
未分類
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
ブログパーツ
ファン
ブログジャンル
画像一覧