埼玉大会 理事長による展望
 昨年11月13日に行われた「大村はま記念国語教育の会 第6回研究発表大会
 ―埼玉大会―」の報告も、いよいよ終盤です。今日は、安居總子・本会理事長による「展望」の概略をお伝えします。

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  展     望
                            本会理事長 安居 總子


 大村先生から学ぶもの、今日は二つ挙げたい。
 まず大村先生の遺されたものが、大村先生から教えを受けた人達の言葉の中に生きていて、それが今日はいろいろな形で示された。例えば苅谷夏子さんが大村先生の本からいくつもの言葉を選び出して、その言葉を元にしながら、評伝という形にまとめられたという中にも生きている。しかし、時が経つにつれて薄れていくことを恐れる。今それを伝えることは大事なことだと私は実感している。大村はま記念国語教室の会では、今年も大きな成果をもたらしたと思う。
 もう一つは、国語教室を持っているものとして考えなければならない問題があるということ。単元学習とは、先ず、目の前にいる学習者をしっかりとらえ、その学習者にどのような力を育てたいかを特定し、そのためにどのような学習材と言語活動で学習を成立させ、どのような流れで授業を展開していくかを考える。「初めに教材ありき」ではない。学習者の学習指導計画の中に、目標決定があり、そこでどのような言語経験や言語活動をし、ふさわしい学習材の選定があって、それらは全て私たち一人一人の教師の責任にあり、教師の力である。
 そういうことを考えたときに、例えば大村はま国語教室の中の単元一つをとりあげて、この単元はどういう学習材で、どんな言語活動をして、どう学習が流れて、どこで子供を見て、評価してということをする。最近は、一つの単元を成功させるために、(そこで子供達に本当に力がつくために)その前にはどのような学習があったのか、そしてそれは後のどのような学習につながっていくのかというカリキュラムの問題として考えられるようになってきている。それから『評伝』、あるいは苅谷さん、羽島さん、内海さんのお話の中にもありますが、書くということ、創造性ということ、何かを創造していくというときにどういう学習があるのかということ、そういう目で一つ単元を見てみよう、創造の目はどこに隠されているのだろう。探るということを私たちは教わったように思う。
 それにも増して、子供を本気にさせる。国語が嫌いでない、好きになることが回りだすきっかけは何なのだろうという視点から各単元を見ていくということも重要だろう。そういうことが何回か連続して大村はま記念国語教室の会で語られ、ある程度、研究も含めて物の見方、考え方に裏付けられて語られ始めたということは非常に嬉しく思う。
 今、生きる力を育てるために、課題を見出し、解決する能力とか、他者や自然環境と通じ合う力とか、ツールを使いこなす力とかということがいわれている。大村単元学習の中のいろいろな活動との組み合わせ、生活との組み合わせ、言葉との組み合わせでこれをもっと私達は大事にしたい。大村はまの教育実践の少なくとも文字化されているものの中から更に私達はそれをどう拾い、将来につなげていくのかが大きな課題だ。
 今日はこの会を企画してくださいました南部国語の会の長年続いている研究組織とメンバーの方たち、その人達の大変な力で大きな会が持たれたことに感謝したい。これからもこの会が新たな形で発展していくことを望む。来年は福岡で行われることになる。来年また福岡で皆さんとお会いしたい。本当に豊かな心になって帰れることを感謝して終わりたい。
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by ohmurakokugo | 2011-01-23 22:05

大村はま記念国語教育の会のネット版会報。国語教師・大村はまについて、知り、考え、試し、自分の力にしたいと集まった会。ご入会を歓迎します。お問い合わせは hokokugo@gmail.com まで。
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